プリンス・エドワード島




 ホテル 

  Delta Prince Edward Hotel   (18 Queen St. Charlottetown)
 費用 


 航空運賃 $383.00 + tax $26.81
 宿泊費  $189.00
 観光費  $100.00 + tax $7


大人一人あたり  合計 約 55,000円 (CA$1=\79.03) (食費を除く)
 日程 


 1日目 (2001.05.19)  トロント → シャーロットタウン観光
 2日目 (2001.05.20)  赤毛のアンツアー
 3日目 (2001.05.21)  ゴルフ → トロント





【 1日目 】


AM8時55分発の出発に合わせて自宅を出たのがAM7時。 3連休とあって、 トロント空港 ・ エアカナダカウンターには長い列が 出来ていました。 今回のフライトは DC-9 STRETCH で、一列に5席のシートが並んでいるタイプ。 トロントは快晴だったので、窓側の席に座った私は、飛び立ってから暫らく下界の景色を楽しんでいましたが、キングストン あたりからは雲が厚くなってきてしまい、空からのサウザンアイランド観光を楽しみにしていたのに見えなくなってしまったのは、とても残念でした。


プリンスエドワード島・シャーロットタウン空港 到着後は時差の調整の為に時計の針を1時間進めてから、タクシーに 乗りこみホテルへと向かいました。 空港からホテルまでは、車で10分足らずの距離。 支払った料金は4人分 で$20です。 10階建てのホテルは海岸沿いにあり、街には他に高い建物がないので何処からでもよく目立ちます。 チェックインしたあとは、ホテルのすぐ脇にある、ガイドブックにも載っていた ピークス・キー Peakes Quay にてランチにしました。

食後はホテルへ戻り、友人から聞いてきた 「北米で10本の指に入るというゴルフ場」 探しです。 フロントに聞いてみると 「The Links at Crowbush Cove というゴルフコースだと思われますが、残念ながら今年はまだオープンし ておりません」 とのこと。 でも折角 (?) やる気になったのだからということでホテルから一番近いゴルフ場に、月曜日の予約を入れることにしました。 この日のゴルフのスコアは こちらでご覧頂けます。

シャーロットタウンはとても小さな街。ここは土産物屋が建ち並ぶクイーンストリートです。

夕食は出発前に PM7:00 の電話予約を入れてあったレストランを予定しておりましたので、それまでの時間を使って街でショッピングを楽しみました。 ここプリンスエドワード島では、日曜日は働いてはいけない安息日の為、シャーロットタウンのほとんどの店はお休み (スーパーマーケットも休み) になってしまうそうなので、ゆっくりと買物を楽しめるのは今日 (土曜日) しかないのかもしれませんでしたしね。

B&Bダンディー・アームス・インの外観 小さな街なのでショッピングもあっという間に終わってしまい、ユックリ歩いて行ったつもりだったのに、5時 30分を過ぎた頃にはレストランまで辿りついてしまいましたが、運良く (というかこの時期はまだオンシーズンではないので空いていたようです) 中に通してもらう事ができ、ちょっと早めの夕食にしました。 このThe Griffon Room という店は 「カナダの名店100」 に数えられてい るという有名なところです。 カジュアル派 (ジーパンこそ履いていなかったけど、男性陣はスラックスに襟付 きのシャツ姿でした) の我が家じゃ場違いかな?と心配しながら入ったのですが、この日は泊り客が多かったせいかオメカシして来ているような客はいなくて安心しました。

さて街中に響き渡るバグパイプの音色を聞きながら (何処かの店の前で生演奏していたのです) ホテルに帰 ってからは、皆で室内プールへ。 ここにはサウナや日焼けサロン ・ マッサージルームなどもありましたが、 私が一番気に入ったのは屋外に設置されていたジャグジーでした。 露天風呂のようでとても気持ちがよかったです。 おかげで夜は早々とグッスリ眠ることができました。





ピークス・キー Peakes Quay (36 Lower Warf St.)
ホテルのすぐ脇にあるマリーナの2階にあるレストラン。
雨が続いていたためか、はたまた寒いせいなのか?デッキにはビニールシートで覆いがしてあり、雰囲気的にはイマイチでした。 私たちがオーダーしたものの中でお勧めなのは ポテトスキン と シーフードチャウダーです。


グリフォン・ルームの内部 グリフォン・ルーム The Griffon Room (131 Sydney St.)
The Dandee Arms Inn という B&B 内にあるレストランです。 店内の雰囲気はまさに 赤毛のアン の世界でした。 店の入り口には B&B のお部屋の写真が貼ってありましたが、アンのファンなら絶対にこういう部屋を好むに違いない!というような内装になっていました。 料理は4人とも シェフのお勧め をオーダー。 ロブスター料理だったのですが味も値段もGOODでした。 食後に食べたケーキも美味しかったです。


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【 2日目 】


寝坊しているのも勿体無くて、早朝から主人と二人で散歩に出ました。 風は冷たかったのですが、朝の空気は清々しくて気持ちがよかったです。 散歩していて気が付いたのですが、この街には教会が多いのに驚きました。 後から聞いた話では、人口13万人に対して教会の数は330軒もあるのだそうです。

ホテルの周りの住宅街  クイーンストリートからもちょこっと教会が見える


セント・ダンスタンスバシリカ



この街には、ひときわ尖塔が目立つ セント・ダンスタンスバシリカ St. Dunstan's Basilica というカトリック大聖堂があるのですが、この教会の壁は、まるで火事にでもあったかのように黒くなっていたのが気になり、ホテルに帰ってから早速フロントで確かめてみました。 原因は酸性雨なのだそうです。 環境汚染って怖いですね。

9時半からはプリンス・エドワード・ツアーズ主催の 赤毛のアン一日観光 に出かけました。 赤毛のアンに縁のある土地を、ガイド付きバスで案内してくれるというもので、昼には Fisherman's Wharf でのランチも付いているというツアーです。  グリーン・ゲイブルズ・ハウス郵便局博物館キャベンディッシュ教会モンゴメリの墓モンゴメリ生家ケンジントン駅プリ ンス・エドワード島国立公園フレンチリバーなどを 6時間半かけて見てまわりました。


海辺に続くボードウォーク ホテルに帰ってきてからは、1時間くらい海辺のボードウォークを楽しんだ後、部屋のパンフレット に載っていた ポテト・チョコレートケーキ を食べるのが目的でレストランでお茶にしました。 ケーキに付いては、写真で見ても実物を食べても、どこにポテトがあるのか判らないという代物でしたが、どうやらキャロットケーキのように生地の段階にポテトを混ぜて作ってあったようです。 チョコレートの甘さに押されて、ポテトの味は消えてしまったのでしょうかね。

夕食は、ホテル近くの カントンカフェ ですませて、今夜もまたプールへ。 その後、主人と二人でホテルのバーへ行き、地ビールを2杯も飲んでしまった私は、今夜もグッスリ眠ることができました。




フィッシャーマンズ・ワーフ Fisherman's Wharf  (North Rustico, Rt.6)
ツアーについていたランチは、ロブスター1匹にサラダとパン、デザートとコーヒー付きでした。 茹でたロブスターは溶かしバターにつけなくても、そのままでとても美味しかったです。 デザートはショートケーキかアイスクリームをチョイスできます。 ランチョンマットのペーパーには、ロブスターの食べ方や漁の方法が書いてあったので、記念に持ち帰ってきちゃいました。

How To Eat Lobster
1. Twist off the claws.
2. Crack each claw with preferably a nutcracker. A knife, hammer, rock, or pliers will do the job.
3. Separate the tailpiece from the body by bending the back until it cracks.
4. Bend the flippers back and break them off of the tailpiece.
5. Where the flippers are broken off insert a fork and push.
6. Unhinge the back from the body. The liver is in the back and considered a great delicacy.
7. Crack the remaining part of the body sideways.
8. Don't forget the small claws. They may be placed in the mouth and the meat sucked out.





グリーン・ゲイブルズ郵便局のカナダポスト標識




◆ グリーン・ゲイブルズ郵便局

ここから投函された郵便物には グリーン・ゲイブルズ の消印が押されます。 内部では通常の郵便局業務の他に、ミュージアムも併設されていました。





グリーン・ゲイブルズ郵便局




ここはモンゴメリが実際に郵便局で働いていた当時のものとソックリの建物なのだそうで、売れなかった 時代に、出版社から送り返されてくる自分の原稿を、誰にも知られることなく受け取っては仕舞い込んで いたという箱なども展示されていました。 すぐ隣には、モンゴメリが日曜学校で先生をしていたという キャベンディッシュ教会 が建っています。

モンゴメリの墓
◆ モンゴメリの墓

1942年にトロント郊外で亡くなったモンゴメリは、牧師だったご主人と共に、ここに眠っています。  墓地の入り口からモンゴメリの墓までは、石畳の道がついていました。 今は 「お化けの森」 に木が生い茂ってしまって見えなくなってしまったのですが、この墓が出来た当時はグリーン・ゲイブルズが見えたのだそうです。 石畳の最初のコーナー脇には、母親と祖父母の墓もありました。

◆ グリーン・ゲイブルズ・ハウス

ここは幼い頃から良く遊びに通っていたモンゴメリの従兄弟の家なのだそうです。

お化けの森入り口から見たグリーン・ゲイブルズ・ハウス アンの部屋

小説の舞台となったこの家は1830年の建築で、19世紀末の典型的な農家造り。 その後、改修されて小説の場面を再現させています。 現在はプリンス・エドワード島国立公園内の歴史的環境遺産になっているため、建物内で椅子に座ったり物に手を触れたりすることが出来ません。
(内部の詳細は Virtual Green Gables をご覧ください)

割れた石板


部屋には、アンがギルバートの頭を叩いた石板もありました。 左の写真がそれです。 まるで実話だったみたいな 錯覚にとらわれてしまいますよね。

建物正面には 「お化けの森」 が、裏手奥には 「恋人の小径」 があります。

「恋人の小径」の入り口

◆ 恋人の小径 Lover's Lane

グリーン・ゲイブルズ・ハウスの裏手に入り口があり、一周15分くらいの遊歩道が出来ています。 綺麗な 水の小川も流れていたし、見晴台のようなデッキもありバードウォッチングなども出来るようになっていました。  そしてすぐ脇にはゴルフコースがあります。 この島には26ものゴルフコースが存在するのだそうです。

「お化けの森」の入り口

◆ お化けの森 Haunted Wood

物語の中で、アンとダイアナが想像した お化け が出る森。 グリーン・ゲイブルズ・ハウスの正面、坂を下ったところに入り口があり、奥まで進むとモンゴメリの墓のある共同墓地に出ます。 確かに私も、夜なら一人で歩けそうにない森です。

キャベンディッシュ海岸 ◆ プリンス・エドワード島国立公園

カナダは全部の州に国立公園を制定してあるそうですが、このPEI国立公園は、キャベンディッシュからスタン ホープまで、島の北部海岸沿いに40キロも続いています。 島では、車で30分も走れば、必ず水辺にあたります。  写真で海岸線まで赤土なのがご覧頂けますでしょうか。 この土地の土には鉄分が多く、それが空気に触れて 真っ赤に錆びてしまうために土が赤いのだそうです。 そして厄介なことに、この赤土が服につくいてしまった場合には普通の洗剤では落ちないのだそうで ”サンライト” という銘柄を薦められました。

モンゴメリのウエディングドレス


◆ モンゴメリ生家

1874年にモンゴメリが生まれた家です。 母親を結核で亡くし、祖父母に引き取られるまでの 1年9ヶ月を暮らした家で、内部は当時のままなのだそうです。 2階には彼女が生まれた部屋もありました。
  入り口脇には、1911年の結婚式で実際に着たというウエディングドレスが展示してあります。  (フラッシュ撮影は禁止されていたため、暗くなってしまいました)
触っても良いという当時のヤカンやアイロンが、ストーブの上に乗っていましたが、持ち上げてみると、 どちらもとっても重いのです。 昔の女性はこんなに重いものを毎日使っていて、腱鞘炎に罹るような方はいらっしゃらなかったのかしらね。
のどかなフレンチリバー

◆ フレンチリバー

ピクチャーポイントとして立ち寄った。
この島では ブルーへロン(青サギ)の標識を辿って行くと、綺麗な景色のポイントに辿りつきます。 かなり見難いのですが、写真に映っている船はロブスターの捕獲船です。 
これでロブスターを捕獲する

ところで、ロブスターは毎年5・6月のみ、ライセンス保持者にだけ捕獲が許されています。 ライセンス保持者は一人300個のロブスタートラップ (写真) で漁を行います。 この島のマクドナルドでは、期間限定品として マック・ロブスター・サンドイッチ が発売されるようです。 是非私も食べてみたかったのですが、残念ながら 今 がその期間ではなかったようです。

◆ グリーン・ゲイブルズ博物館

銀の森屋敷2階から眺めた「輝く湖水」 モンゴメリの叔父 ジョン・キャンベル の旧宅。 別名 「銀の森屋敷」 。 モンゴメリが1911年 に、実際にユーアン牧師との結婚式を挙げた家として有名です。
ところで、教会で結婚式を挙げるようになったのは戦後のことで、それまでは自宅で式を挙げていたようです。 葬式をする場所で結婚式を挙げるなんて気持ちが悪いと考えられていたのですって。 現在でも、ここで年間何組かのカップルが式を挙げるそうです。
 2階には、モンゴメリが12歳から5年間の歳月をかけて作り上げたという、クレイジーキルトも展示されていました。 写真はモンゴメリも眺めたであろう2階の窓から見た 「輝く湖水」 です。

ケンジントン駅舎
◆ ケンジントン駅

アンが孤児院から連れてこられた時に、初めてマシューと会った 「ブライト・リバー駅」 の モデルになったともいわれている (ここではなく 「ハンターリバー駅」 という説もあるが?) 石造りの駅です。  PEIの鉄道が全部廃線となった現在は、駅としてではなく図書館として再利用されていました。 物語ではこのあと馬車に乗って二人はグリーン・ゲイブルズに向かいますが、そのときに通った道は今の13号線だそうです。

白亜の邸宅


◆ 副総督邸 Governor's House

地元ではファニング・ハウスと呼ばれている白亜の邸宅。 イギリスから チャールズ王子 と ダイア ナ妃 がPEIを訪れた時に泊まった建物でもあるそうです。 迎賓館的な役割もするところらしいですね。


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【 3日目 】


8時に予約してあったゴルフ場に行く為に、ホテルを7時半に出発。 タクシーで 5分ほどのところにある Fox Meadow Golf & Country Club へ向いましたが、今朝は霜が降りたようで直ぐにはプレーできず、スタートしたのは8時30分を過ぎてからでした。 それでも我々が一番最初のスタートだったので、前が詰まることもなく順調にハーフのプレーを終了し10時30分にはホテルに戻ることが出来ました。


部屋で寝ていた娘を起こし、各自が身支度を整え終わった11時前にホテルをチェックアウト。 フロントでの料金精算の際には、今年1月からプリンス・エドワード空港でチャージされることになったという PFC (Passenger Facility Charge) 一人$10 のチケット購入を薦められました。 この時は、ここで買わなければならないという訳が判らなかったのですが、後に空港に付いてからチケットを買うために出来ている列をみて、フロントで薦めていただいたことに感謝した次第です。

ホテルを出てからは、11時から開いているとガイドブックに書いてあるクラダー・ルームへと歩いて向かいました。 ここでランチを済ませてタクシーで空港へ。 料金は、行きと同額の4人で$20。 帰りは左右3席づつシートが 並んでいる AIRBUS A319 にてトロントへ帰ってきました。 PEIは快晴のゴルフ日和だったのに、トロントは大雨の中を帰宅です。 時計の針を1時間遅らせて、楽しかった旅も終了しました。





クラダー・ルーム The Claddah Room  (131 Sydney St.)
170年以上も前に建てられたという、倉庫を改造したアイルランド料理のレストランでした。  もちろん中に入ってしまうとぜんぜん古さは感じられません。 シーフード、特に Atlantic Salmon を 使った料理がお勧めとガイドブックには載っていましたが、空港に向かう時間とニラメッコしながら のオーダーでしたので、簡単にできそうなワンディッシュメニューを注文しました。 お勧めを食べられなかったのがちょっと残念です。


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【 最後に・・・ 】


なんともひょうきんなCow'sの看板
噂どおり、赤土の他には何もないような小さな島でしたが、晴天に恵まれたお陰で早朝散歩やボードウォークなども楽しめた3日間でした。

ホテルからもすぐ近い ピークス・ワーフのハーバー にある Cow's には、 ”シャーロットタウンで一番美味しい(ん? 有名な...だったかな?)アイスクリームの店” という看板が出ていたのですが、Tシャツや牛の縫いぐるみは買ったのに、アイスクリームは食べ忘れてしまいました。 これは、かなり心残りです。




☆ PEI物知りメモ ☆


@ プリンス・エドワード島の島名は、英国王ジョージ3世の王子にちなんで付けられ、 州都シャーロットタウンの名は妃にちなんでつけられました。 ここは1864年に、カナダ連邦発足に 向けた最初の植民地代表者会議が開かれた歴史的な場所として有名です。

A PEIはカナダの13州の中で一番小さな州 (国土の0.1% 愛媛県くらいの広さ) なのに、 人口密度は一番高いそうです。 カナダは2.5人なのに、この島は29人だっていうから驚きです!

B シャーロットタウンには公共の交通機関がないので、アイランダー(=島の住人)に 免許は必需品。 そのため色盲の人でも運転が出来るようにと、信号は 赤が四角、 黄色が菱形、青は丸い形をしていました。 信号にも注目してみてね。

プリンス・エドワード・ツアーズのバスは、勿論「赤毛のアンとグリーン・ゲイブルズ・ハウス」のプレート C この島では、前にはプレートをつけなくても良いそうですが、後についているプレートは楽しいものでした。
 一番良く見かけたのが1997年制定の 「コンフェデレーション橋」 プレート、それから 「州議会議事堂」 プレートがその次くらいかな。 写真の 「赤毛のアンとグリーン・ゲイブルズ・ハウス」 プレートの制定が 一番古くて1993年だそうですが、あまり人気がないそうです。 私なら迷わずこれにするのに!

D 1908年に 「赤毛のアン」 が出版された時には、「トムソーヤの冒険」 の著者 マーク・トゥエイン からも ファンレターが来たそうです。 彼はアンのことを "アリス以来の不思議な女の子だ" と評しました。

E PEIは樺太あたりと緯度が同じです。 ここは夏と冬の気温差が激しい為にコンクリートだと割れてしまうという理由から電柱は木で出来ています。 我が家が駐在中に住んでいたトロント郊外の AURORA という街の電柱も木でした。

F 島の産業のナンバーワンは農業。 鉄分の多い土地で出来るジャガイモは、カナダの3分の1の生産量 を誇ります。 マッケンという会社と契約している農家のジャガイモは、日本のマクドナルド でも使われているのだそうです。 島には、この名物のジャガイモ博物館 Prince Edward Island Potato Museum まで存在していました。(P.O.BOX 602, O'leary, PEI 6/1〜10/15まで毎日オープン。但、日曜は午後のみ 開館。 入場料大人$5、家族$12。)

G 2番目は観光業。 現在、島を訪れる観光客の数は1万人以上です。 1989年に 「赤毛のアン」 が 映画公開されるまでは、たったの3千人だったそうです。

H 3番目が漁業。 ロブスターが持て囃されなかった昔は、採れ過ぎるロブスターは貧乏人の食べ物 だったようで、ランチにロブスターサンドなんか恥ずかしくて持っていけなかったのだそうです。

I 車で走っていると畑が パッチワーク のように、とっても綺麗に整地してあります。 その パッチワークになったグリーンを先住民は 「島には50色以上の緑色がある」 と言っていたそうです。

この家の入り口にも銅版が付いていたよ〜 J 島の建物や住宅はとっても古いものが多いです。 それらの古い歴史的建物には、州政府より 直径20cmほどの銅版に 「○○の為に建てた家」 などと書かれたものが与えられていました。 家の入り口を 覗きながら歩いてみると、結構たくさんの銅版を目にすることができます。 でも認可されてしまうと勝手に改装などが出来なくなるからという理由で、申請をしない家も多いのだそうです。

K 島では 街をより一層綺麗にしよう という目的で、庭のコンテストが行われます。 審査は、 前年の庭の写真を送って、今年と比べて努力が認められるかどうかを見るそうです。 優勝すると 賞金がでるのですって!




【 追加 Travel 情報 】


@ 潮干狩りも出来るキャンプ場 … Seal Cove (TEL 902-962-2745)

    5月から10月までオープン。
    早起きすればアザラシの群れにもお目にかかれる場所です。
    Murray Harbour North からは標識あり。


A お役に立ちそうなHP

    ・ プリンス・エドワード島(PEI)オフィシャル日本語サイト
    ・ アンソサエティ.COM-P.E.I.現地発信

    






☆ 村岡花子さん ☆

モンゴメリーによって書かれた 「赤毛のアン」 を、日本で最初に紹介したのは児童作家でもある翻訳家の村岡花子さん (1968年没) なのだそうですが、皆さんはご存知でしたでしょうか。
きっかけとなったのは彼女の友人だった カナダ人宣教師ロレッタ・ショー夫人 から手渡された一冊の本 「Anne of Green Gables」 (1908年出版) だったそうです。 1939年 (昭和14年) に戦争の影響でカナダに帰国しなくてはならなくなったショー夫人から貰ったこの本を、村岡さんは防空壕の中でも翻訳を続けていました。 そして英語の翻訳本が一般的になった1952年 (昭和27年)、ようやく三笠書房から出版されたのです。 「赤毛のアン」 という本の題名は村岡家のお茶の間会議で決めらたなんて、意外ですよね。
日本での出版50周年目に当たる2002年は、記念の 村岡花子追悼本 を出版予定だそうです。 もっと詳しく知りたい方は、どうぞ 赤毛アン記念館・村岡花子文庫 へアクセスしてみてくださいネ。






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